2010年10月24日

なぜ、文鮮明先生は歩み続けられるのか?

今日は久々の礼拝でした晴れ


たくさんの人が韓国へ行っているため、今日は部署ごとの礼拝で、こじんまりとした雰囲気でした家


「平和マガジン」というVTRをみましたTV


文鮮明先生の最近の様子と、文亨進世界会長ご夫妻の世界巡回ツアー飛行機の様子を見ることができました。


最近は疲れてしまっていて、祈祷もうつろうつろ、朝も起きるのがつらく、朝のみことばを読んで祈祷する時間もほんのわずかな時間しかできていませんでした。


そう言えば昨日は久々の休みいい気分(温泉)でした。

先週は土日も仕事で、先々週は試験があったので。それまでは毎週学校に通っていたので、何日ぶりに土曜日をやすんだでしょうか?
つかれてぐったり、休みたいところでしたが、弟の音楽会があったので、思わず飛び出しました。


今日のVTRを見ながら、文先生はなぜ何年も休まずに歩んでおられ、つかれて折れてしまうことがないのか
。と考えていました。


今日はVTRを見ながらこれ以上頑張れないかもしれないと、あきらめていました。


後半は文亨進世界会長ご夫妻がフィリピンや、タイ、ネパールをまわりながら、国の副大統領とあったり、国をあげて迎えられていました。

世界では受け入れられているのに日本では何の受け入れ態勢も整っていないことに対して、本当になんとかしたいと思いました。

それから、祝福を受けて幸せそう揺れるハートにしている国際家庭をみて、本当に希望を感じましたぴかぴか(新しい)



そういう姿や様子をみて、本当に神様は喜ばれているだろうなと思いましたぴかぴか(新しい)



なぜ文鮮明先生ご夫妻や文先生のご家庭は休まずに歩んでも疲れて倒れたり、やめてしまうことがないのか?


その答えが少しわかった気がします。


それは、



いつも神様、そして人類を喜ばせるために必死だから



愛する人のためなら、疲れも忘れて、ただがむしゃらに走り続けることができるということはなんとなくわかるのではないでしょうか?


そういう風に思ったら、自分もただ、目の前の環境を頑張って越える!

という意識だけでなく、今日見た、国際家庭のように、人々を幸せに、そして神様を喜ばせることを目標にして、いけば今のあらゆる環境も乗り越えていけるのではないかと思いました。



今日も読んでくださってありがとうございますわーい(嬉しい顔)



↓クリックおねがいします!

にほんブログ村 住まいブログ 一級建築士へ
にほんブログ村
posted by todaysunday at 21:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 内面スキル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月22日

お知らせ

試験終了からはものすごく忙しかったあせあせ(飛び散る汗)

毎日家に着くのが10時ごろ。
土日も出勤。試験がおわり、一息つく間もない状況でしたダッシュ(走り出すさま)

ようやく今日で仕事がひと段落。明日からは少し落ち着きそうです。


それはさておき、紀伊国屋でこんな本を見つけました。

写真 (5).jpg

裏を見ると発売日は2010年10月14日!!


さっそく購入しました手(チョキ)

「平和を愛する世界人として」の著者、文鮮明先生について細かくかかれています。

ぜひ一読あれ!!


今日も読んでくださってありがとうございますわーい(嬉しい顔)



↓クリックおねがいします!

にほんブログ村 住まいブログ 一級建築士へ
にほんブログ村
posted by todaysunday at 00:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 内面スキル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月22日

宇宙の話

今日は資格学校に行ってきました。

図面を引くことが面白いし、授業が面白いです。
もう一度今の感覚で学生に戻りたい気分です。

今日は学校の先生がこんなことを話してくれました。


宇宙は広がっている。それがなぜわかるのか?
地球から観測したときに星が全体的に遠ざかっているから


だそうです。


その考え方にも2つあってひとつは、自分の星が中心になっていて他の星が離れている。


それか


もうひとつはある中心があって、全体がその中心から遠ざかっているから自分から周りの星が遠ざかっているようにみえること。


前者の考えはだれもが考えやすいことであるが、その仮説のもと考えていくと、あるところにいくと必ず矛盾が生じ、うまくいかない。
ちょっと視点を変えて、後者のように考えていけば意外と楽に答えを導き出せる。


建築士の製図試験も同じで、自分のもっている概念だけで進めていくと必ず難しい壁にぶち当たるが、視点をかえて考え方を変えれば、意外とすんなり解答へと導かれるということでした。


試験にも統一教会の考え方を応用できるようです。
私たちは自分を中心とするのではなく、神様を中心として考えていくことを教わっています。

何をすることが神様のためなのか?



自分よりも他人のため、家族のため、国のため、世界のために生きていくことです。



「まずは自分自身の立場を離れ、神様の立場になって考えよう」
by 文先生


自分の視点ではなく、神様はどういう視点で自分をみて、何を願っておられるのか?

まずは自分という視点から一歩離れて考えてみると、うまくいくというのは試験にも生かせそうです。


試験でも自分のもっている常識や概念にとらわれずに意識してみよう!


今日も読んでくださってありがとうございます位置情報


↓クリックおねがいします!

にほんブログ村 住まいブログ 一級建築士へ
にほんブログ村
posted by todaysunday at 00:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 内面スキル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月13日

試練とは

今日はお盆ということで一日会社は休みでした晴れ

一次試験終了した次の日から休む間もなく2次試験に向けての勉強を始めたのと、最近は仕事でも怒られることが多く、神経を使うことが多かったので、今日はその疲れが一気にでたのか一日ぐったりしていましたいい気分(温泉)

おかげでだいぶ疲れが取れた気がしますひらめき


今日は原理講論

第二章 モーセを中心とする復帰摂理
第一節 サタン屈伏の典型的路程
(一)イエスの典型路程としてヤコブ路程とモーセ路程とを立てられた理由
  から




@ 人間は、元来、取って食べてはならないと言われた神のみ言を、命を懸けて守るべきであった。しかし天使長からの試練に勝つことができないで、堕落してし
まったのである。それゆえに、ヤコブがハランから妻子と財物を取り、カナンに戻って、「メシヤのための基台」を復帰し、家庭的カナン復帰完成者となるため
には、サタンと命を懸けて闘う試練に勝利しなければならなかったのである。ヤコブが、ヤボク河で天使と命を懸けて闘い、勝利することによって、イスラエル
という名を受けたのも(創三二・25〜28)、このような試練を越えるためのものであった。神は天使をサタンの立場に立てられ、ヤコブを試練されたのであ
る。
しかし、これはあくまでも、ヤコブを不幸に陥れようとしたものではなく、彼が、天使に対する主管性を復帰する試練を越えるようにして、アベルの立場を確立させ、彼を家庭復帰完成者として立てられるためであった。天使がこのような試練の主体的な役割を果たすことによって、天使世界もまた、復帰されていくのである。モーセも、イスラエルの民族を導いてカナンに入り、民族的カナン復帰完成者となるためには、神が彼を殺そうとする試練に、命を懸けて勝利しなければならなかったのであった(出エ四・24)。もし、人間が、このような試練を神から受けないで、サタンから受けて、その試練に負けたときには、サタンに引かれていくようになるのである。それゆえに、
神の方から試練をするということは、どこまでも、神が人間を愛しているからであるということを、我々は知らなければならない。イエスも、人類を地上天国に導くことによって、世界的カナン復帰完成者となるためには、荒野四十日の試練において、命を懸けてサタンと闘い、それに勝利しなければならなかったのである(マタイ四・1〜11)。



日々の生活の中でつらいことがあったとしても、それは未来に栄光を与えてくださるための神様からのなのですねぴかぴか(新しい)


2013年1月13日は天一国完成と言われています。
それまでに私個人においても天一国の民としてふさわしい人格を備えさせるために今のさまざまな環境が与えられているんだと思います。

文先生も20代は苦労の絶頂期でした。
私もいまは同じ20代なので、今の苦労させてもらえることが感謝ですぴかぴか(新しい)

また明日から人生がんばろう!!

今日も読んでくださってありがとうございますわーい(嬉しい顔)
↓クリックおねがいします!

にほんブログ村 住まいブログ 一級建築士へ
にほんブログ村
posted by todaysunday at 21:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 内面スキル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月07日

心を落ち着けよう

最近ンは試験も近く、仕事もいろいろと大変で…


行ってもクレーム対応や要望にこたえたり、とちょっと嫌になり始めていましたあせあせ(飛び散る汗)



今日は帰り、歩いていて、ふと公園に寄ろうと思いました曇り

写真.jpg

そこで、瞑想して、祈りました。


こうして、神様と直接向かい合って祈祷するのは久々でした。


毎日祈ってはいますが、こうして深くお祈りできたのは久々で、自然と感謝の気持ちと涙が出てきましたもうやだ〜(悲しい顔)


日々せわしない毎日ですが、神様と向かい合う時間はとても貴重であり、どんなときでも絶対に必要だと感じました。


のどが渇いて死にそうなときに水を飲んだような感じで、とても久しぶりに神様と会話できた気がしました。


神様を信じる方も忙しい毎日で、神様と唱えながらも神様を忘れていないでしょうか?

神様を信じない方も、自分自身を見失っていないでしょうか?



ひととき心を落ち着けて、心が落ち着くことを意識していく時間を持つことをおすすめしますぴかぴか(新しい)


頭も気持ちもすっきりし、これからまた勉強ですひらめき


今日も読んでくださってありがとうございますわーい(嬉しい顔)




↓クリックおねがいします!

にほんブログ村 住まいブログ 一級建築士へ
にほんブログ村
posted by todaysunday at 20:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 内面スキル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。