2011年06月27日

瞑想の力

最近は瞑想とみ言訓読を「神様」を意識しながら行っています。

瞑想し、み言を読むことによって、神様が直接語りかけてくれた言葉のように感じることがあります。

また、仕事に対しても、今日の歩みはどうだったか神様に尋ね瞑想します。

そうすると、どんな意識で仕事に向かって行ったらよいか、何をすべきかがなんとなくすっきりしてくる気がします。
生活の中で、教会にいる時、家にいるとき、職場にいるときも同じような心持ちでいられるような気がします。

今日感じた神様の心情は原理講論から

予定論によれば、神のみ旨は、絶対的なものとして予定され、摂理なさるので、一度立てられたみ旨は必ず成就されるのである。しかし、ある人物を中心とするみ旨成就の可否は、どこまでも相対的であって、それは神の責任分担とその人物の責任分担とが一体となって初めて成就されるのである。したがって、そのみ旨成就の使命を担当した人物が、責任分担を全部果たさないために、そのみ旨が達成されないときには、時代を変えて他の人物をその代わりに立てても、必ず、そのみ旨を成就する摂理をなさるのである。このようにして復帰摂理は延長されていくのである。(第三章第二節より)

ここに歴史を導いてこられた神様の人間をすくうという絶対的な決意が感じ取られます。
また人間がいくら失敗したとしても、代わりを立ててでも、また神様が一から神様の責任分担を文句も言わずに果たしてくださり、人間の勝利を待っていて下さるということを感じました。
そして私自身においても、神様がすべてを用意して下さっており、後は自分の責任分担を果たすことが願われているということを感じました。

み言は神霊と真理があります。
真理を理解しただけではまだまだです。
奥深い神様の心情の世界、神霊を求めていくことでまだまだ同じみ言でも開けていく世界があります。

今日も読んでくださってありがとうございます。



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posted by todaysunday at 21:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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